大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所岡山支部 昭和35年(ネ)32号 判決

控訴人(原告) 青木たきの

被控訴人(被告) 牧晋

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は、控訴人に対し金一七二、八二二円及びこれに対する昭和二九年一二月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。この判決は、第二項に限り、仮に、執行することができる。

事実

控訴代理人は、主文第一ないし第三項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、書証の認否は

控訴代理人において

(一)、亡青木二一が本件事故によつて死亡した日の直前の賃金締切日たる昭和二四年五月三一日以前三カ月の賃金は、一カ月金一万円であるが、右賃金中には馬及び荷馬車の使用料も包含されているから、右賃金比率を馬〇・五、馬車〇・五、人力一の割合によるものとして計算すると、同人の平均賃金は金一六三円四〇銭となる。そこで、右平均賃金の千日分の遺族補償金一六三、〇四〇円、六〇日分の葬祭料金九、七八二円合計金一七二、八二二円が、本件の災害補償額である。

(二)、控訴人が、被控訴人の審査請求に基き岡山県労働者災害補償審査会(以下、単に岡山県審査会という。)が昭和二五年一二月二〇日付で右請求を排斥する旨の決定をなした事実を知つたのは、控訴人の申請により右決定書謄本の送達を受けた同三四年三月一三日であるから、本件災害補償請求権の消滅時効は、本訴提起前においては進行していない。

と陳述し、…(証拠省略)

被控訴代理人において

災害補償を請求する権利の消滅時効は、事故発生の時から進行し、労働基準法(昭和三一年法律第一二六号による改正以前のもの、以下同じ)第八五条の規定による審査または仲裁の請求等の手続をなすことによつて中断するが、右審査、仲裁の請求等によつて中断した消滅時効は、その手続の終了によつて進行を始めるのである。そして、右審査または仲裁の結果につき不服を有する者は、同法第八六条の規定により労働者災害補償審査会(以下、単に審査会という。)に対し審査または仲裁の請求をなし得るが、この場合、仮に時効中断の効力を認め得るとしても、その消滅時効は、手続の終了、すなわち労働者災害補償審査会令第六条の規定による請求者、その他の関係者に対する審査または仲裁の結果についての文書による通知によつて進行を開始するが、右にいう結果の通知は、文書でその結果を通知すれば足り、必ずしも、決定書の正本、またはその謄本の送達を要するものではない。

しかるに、控訴人は、津山労働基準監督署長が昭和二五年八月一五日なした災害補償決定に対し、労働基準法第八五条の規定に基く審査または事件の仲裁請求手続をなさず、被控訴人が同法第八六条の規定に基いてした審査請求についても応訴もしなかつたから、本件災害補償請求権は、本件事故の日から二年を経過した昭和二六年六月二九日または津山労働基準監督署長の審査決定がなされた同二五年八月一五日から二年を経過した同二七年八月一五日頃消滅時効の完成により消滅した。

また、仮に被控訴人のなした岡山県審査会に対する審査請求が時効中断の効力を有し、かつ、控訴人が前記審査会令第六条に規定する「その他の関係者」に該当するとしても、前記災害補償請求権の消滅時効は、遅くとも、被控訴人の右審査請求の結果通知が控訴人に到達したと思料される昭和二六年二月四日から二年を経過した同二八年二月三日限り完成したのである。

と陳述し、…(証拠省略)

たほか、原判決事実摘示のとおり(但し原判決四枚目裏三行目の「被告本人尋問の結果(一、二回)」とあるを「被告本人尋問の結果(一ないし三回)」と訂正する。)であるから、これを引用する。

理由

第一、先ず、被控訴人の本案前の抗弁について判断する。

被控訴人は、控訴人が津山労働基準監督署長のなした災害補償の審査決定に対し労働基準法第八五条、第八六条の手続を経ないでなした本件訴は不適法であると主張する。なるほど、同法第八六条第二項は「この法律による災害補償に関する事項について民事訴訟を提起するには、労働者災害補償審査会の審査又は仲裁を経なければならない」と規定するが、右規定は、災害補償に関する紛争については、如何なる場合でも審査会の審査または事件の仲裁を経なければ民事訴訟を提起できないことを規定したものと解すべきものではない。けだし、同項は、同条第一項の規定を承けて、労働基準監督署長の審査または仲裁の結果につき不服を有するものが、審査会に対し審査または仲裁を請求した場合に限り、該審査若しくは仲裁がなされた後において、始めて災害補償に関する民事訴訟を提起し得ることを規定したに過ぎないものであるからである。しかして、津山労働基準監督署長が本件災害補償につき審査決定をなした事実は、後に説示するとおりであり、控訴人において右審査決定に不服を有しなかつたことは、本件口頭弁論の全趣旨に徴して明らかであるから、右審査の結果につき不服を有しない控訴人が、同法第八六条第一項に規定する審査または仲裁の請求手続をなさずに提起した本件訴が、適法であること明らかである。

次に、被控訴人は、災害補償金の支払義務不履行の場合には、先ず当該官庁から司法処分を要求してその義務の履行を期待すべきものであるから、かかる手続をなさずに提起された本件訴は不適法であると主張するが、当該官庁から司法処分を要求し得ることは、災害補償に関する民事訴訟を提起する妨げとなるものではなく、また、他に被控訴人の主張するように理解すべき根拠は、全く存しない。

従つて、被控訴人の右主張は、いずれも失当であつて、当裁判所の採用し難いところである。

第二、進んで、本案について判断する。

一、青木二一(明治三四年二月一日生)が、昭和二四年六月二九日荷馬車を使用して木材運搬の業務に従事中、岡山県真庭郡落合町(旧河内村)字宮の上の道路上において、馬が暴れたためその下敷となつて内出血等の傷害を蒙り、そのため翌三〇日死亡したこと及び控訴人が右青木二一の配偶者であつた事実は、いずれも、当事者間に争いがない。

二、控訴人は、青木二一の死亡は被控訴人に雇傭されてその業務に従事中のものである旨主張し、被控訴人は、これを抗争するので、被控訴人の業務、青木二一が被控訴人の事業の労働者であつたかどうか及び右青木の死亡が業務上のものであつたかどうかについて、以下順次判断を加えることとする。

(一)、成立に争いのない甲第二号証の二、三、第三号証の一、二、第八号証、第一二号証、原審における被控訴本人の供述(第一回)を綜合すると、被控訴人は昭和二四年当時肩書住居地において米穀の配給、精米及び薪炭の販売等の業務を営む傍ら貨物の運送(なお、この点については後記(二)、(三)参照)をも営んでいた事実を認めることができる。もつとも、乙第二号証の一及び甲第一二号証中には、昭和二四年度の事業税及び住民税は被控訴人の父訴外牧利夫名義で納税していたこと及び右事業の責任者は被控訴人でなく右牧利夫である旨の記載が存するけれども、前記各証拠、殊に前示甲第一二号証及び被控訴本人の右供述によると、被控訴人は右事業を主宰し、牧利夫は単なる名義人に過ぎなかつた事実を認め得るから、右乙号証及び甲第一二号証の前記記載部分だけでは、前叙認定を左右することはできず、また、右認定に反する原審証人牧利夫、原審(第二、第三回)及び当審(第一、第二回)における被控訴本人の各供述は、前顕各証拠に照らして容易く措信できず、他に、これを動かすに足る証拠は存しない。

(二)、次に、前示甲第二号証の二、三、第三号証の一、二、第八号証、第一二号証、成立に争いのない甲第一号証、第四号証の一ないし三(被控訴人は、青木二一に交付した本件給料支払伝票は同人の依頼により仮装的に交付したものである旨主張するが、これを認めるに足る何等の証拠も存しないから、右主張は採用するを得ない。)、第五ないし第七号証、第九号証、当審証人寺坂喜代治、岡田静雄、原審(第二回)及び当審(第一、二回)における控訴本人の各供述及び本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、青木二一は国鉄の線路工夫として勤務していたが、昭和二一年一一月頃これを辞めて馬及び荷馬車を購入し、爾来荷馬車による貨物運送業に従事していたこと、被控訴人は、土地の農業協同組合が同二三年一二月頃より精米業をも開始することとなつたので、顧客に対する集米・配達等のサービスにより右組合との競争において優位に立ち、かつは事業を拡張するため、青木二一をして自己の業務に専属的に従事させ、同人に対し一カ月金一万円を支給することを約したこと、そこで、右青木は、その頃から被控訴人方に赴き、前示荷馬車を使用して米・薪炭の集荷、精米の配達等被控訴人の業務に従事していたが、右荷馬車は金輪の旧式のものであつたため、昭和二三年一二月頃被控訴人の指示に基きゴム輪式のものと取り替えたが、その費用金四〇、八〇二円は被控訴人において負担したほか、同二四年六月初旬頃右荷馬車に使用する馬を売却して新たにこれを購入したが、右購入も被控訴人の指示に基きその不足金四〇、〇〇〇円も被控訴人において立替え支出したこと、被控訴人は、青木二一に対し毎日糠一斗を無償支給していたほか、右青木が当時加入していた真庭郡の運搬業組合から配給を受けた一カ月一俵半の糠代金も負担していたこと、青木二一は、昭和二四年春頃訴外井原善蔵、岡本森一、井原綾治、宮本金十等の田の鋤起しに従事したが、右はいずれも被控訴人の指示に基くものであつて、直接同人等より賃金の支払いを受けた事実の存しないこと、青木二一は、被控訴人より月給・給料等の名目で毎月一万円の支給を受けていたが、そのうち昭和二四年二月分は取引高税金一〇〇円、蹄鉄代金五〇〇円その他前借金等を控除して金五、六三二円六〇銭、同年三月分は取引高税金一五〇円その他前借金を控除して金一、五六一円九〇銭、同年四月分は前借金等を控除して金二、六六五円八〇銭の支払いを受けたこと、被控訴人は、運送部日誌なるものを作成して、右青木の運送業務に関する収支を明確に記帳していたこと、青木二一の死亡後、同人の使用していた前示馬匹及び荷馬車は被控訴人によつていずれも売却処分されたが、被控訴人より控訴人に交付されたのは、右馬匹の売却代金六万円のうち金三万円、荷馬車の売却代金四万円のうち金一、五〇〇円に過ぎない事実を認めることができる。もつとも、甲第一二号証、原審証人牧利夫、原審(第一回)及び当審(第一、二回)における被控訴本人の各供述中には、青木二一に月々交付していた金一万円は同人に対する給料ではなく、同人の生活費を一カ月金一万円と見積つて好意的に、これを保証し、それを超える稼高を立替金の弁済に充当する趣旨のもとに、同人の収支を日誌に記載して計算関係を明らかにしていたに過ぎず、右日誌の表題の「運送部」なる記載は被控訴人の単なる悪戯書に過ぎない旨の記載ないし供述が存するけれども、青木二一の稼高が一カ月金一万円に満たない場合でも金一万円を支給していた事実は、前示甲第一二号証によつて認め得るのみならず、被控訴人が右青木に対し毎月支給していた金一万円をもつて、同人の生計を保証するための好意的措置と認むるに足る証拠も存しないから、右の各証拠をもつて前叙認定を動かすことはできず、また、右認定に反する原審証人牧利夫、当審証人牧綾子、原審(第一、第三回)及び当審(第一、二回)における被控訴本人の各供述は、前顕各証拠に照らして措信できず、他に、これを覆えして被控訴人の主張事実を肯認するに足る証拠は存しない。

しかして、以上に認定した事実によれば、青木二一は、被控訴人の事業につき全般的に指揮、命令を受けてその監督に服し、賃金の支払いを受けていた者、換言すれば、被控訴人の事業に使用された労働者に該当すべきものであることは明らかであるといわなければならない。なお、青木二一が真庭郡の運搬業組合に加入していたことは、前叙認定のとおりであるが、右組合に加入していても他に雇傭されることを妨げるものでないことは、原審証人黒田郡平の供述に徴して明らかであるから、右組合加入の事実と右認定事実と相容れないものではない。

(三)、そこで、青木二一の死亡が被控訴人の業務上のものであるかどうかについて考えるに、前示甲第二号証の二、三、第九号証、第一二号証、原審証人宮林秀夫の供述によつて成立を認める乙第一号証、原審証人平尾信治、当審証人寺坂喜代治、岡田静雄、原審(第一回)及び当審(第一回)における控訴本人の各供述を綜合すると、訴外難波磯治は、訴外瀬島藤平、片山某等の代理人たる地位をも兼ねて訴外宮林秀夫とともに、昭和二三年一二月三一日訴外合資会社前田商店との間において、岡山県真庭郡落合町(旧河内村)有林木馬出材置場から河内製材所までの木材運搬契約を締結してその頃から木材の運搬に従事していたが、右契約は同二四年二月一三日合意解除されるに至つたこと、その後被控訴人は右訴外会社から右木材の運搬を請負い、その代金も同社より直接交付を得ていたこと、青木二一は、難波磯治の右契約締結の頃から本件事故によつて死亡するまで、同人等とともに引き続き(但し右難波等とともにしたのは右契約解除の時まで)右木材の運搬に従事していたが、その間木材運搬に関する伝票等はすべて被控訴人に手交し、右運搬代金を受領したことが存しないこと、被控訴人は、青木二一の死亡後右木材の運搬を瀬島藤平に依頼した事実を認めることができ、右認定に反する甲第一二号証、原審証人前田稔、牧利夫、平尾信治、原審(第一ないし第三回)及び当審(第一、二回)における被控訴本人の各供述は、前顕各証拠に照らして措信し難く、他に、右認定を動かすに足る証拠は存しない。

そこで、右の事実に、前に認定した、青木二一が右木材の運搬に従事していた昭和二四年一月から本件事故によつて死亡した同年六月まで被控訴人より一カ月金一万円の賃金の支払いを得ていたこと、同人が、同年六月初旬頃被控訴人の指示により運搬に使用する馬匹を買い替えたこと及び右青木は昭和二四年六月二九日右木材の運搬に従事中馬が暴れ出したため馬車の下敷になつて蒙つた内出血等の傷害により翌三〇日死亡した事実等を綜合すると、青木二一の本件事故による死亡は、被控訴人の指揮監督のもとに、その業務に従事中のものと認めるのが相当である。

しからば、被控訴人は、青木二一の配偶者たる控訴人に対し労働基準法第七九条の規定による遺族補償及び同法第八〇条の規定に基く葬祭料を補償すべき義務あることは明らかである。

この点に関し、被控訴人は、青木二一の本件事故は偶発的不可抗力のもので事業に関連して通常起り得るものではないから、被控訴人の業務と右青木の死亡との間に相当因果関係がなく、従つて本件災害補償の責に任ずべき筋合いのものではない旨主張するが、青木二一は、右に説示したとおり、被控訴人の業務たる木材の運搬に従事中馬が暴れ出したため荷馬車の下敷となつて蒙つた傷害により死亡したものであるから、被控訴人の業務と右死亡との間に相当因果関係の存在を肯定すべきこと多言を要しないところであるのみならず、右事故が偶発的不可抗力のものであつたとしても、被控訴人の業務と右死亡との間における相当因果関係の存在を否定すべき理由とならないから、被控訴人の右主張は、到底採用の限りではない。

三、そこで、遺族補償及び葬祭料の額について判断する。青木二一が本件事故により昭和二四年六月三〇日死亡したこと、同人は被控訴人から一カ月金一万円の賃金の支払いを受けていたこと及び右青木はその所有にかかる馬及び荷馬車を使用して貨物の運搬に従事していたことは、いずれも前に説示するとおりであつて、右の事実に前示甲第一号証、成立に争いのない甲第一〇号証の一、二を綜合して勘案すると、右賃金の締切日は毎月末日、賃金比率を馬〇・五、荷馬車〇・五、人力一の割合によるものと認めるのが相当であるから、右比率により、青木二一の死亡した日の直前の賃金締切日たる昭和二四年五月三一日以前三ケ月間の賃金合計額を、その間の総日数で除すると、その平均賃金は金一六三円四銭となるから、その千日分の遺族補償は金一六三、〇四〇円、六〇日分の葬祭料は金九、七八二円となること計数上明白である。従つて、被控訴人の控訴人に対する本件災害補償額は、右合計金一七二、八二二円であるといわなければならない。

四、次に、被控訴人の消滅時効の抗弁について審按する。ところで、労働基準法に基く災害補償請求権の消滅時効は、事故発生の時から進行することもち論であるが、補償金額の決定等補償の実施につき異議ある者は、行政官庁に対し審査または事件の仲裁の請求をなし得るほか、行政官庁は、必要と認めた場合職権で審査または事件の仲裁をなし得るが、右審査または事件の仲裁の請求、審査または事件の仲裁の開始は、時効の中断に関してはこれを裁判上の請求とみなすべきものであることは労働基準法第八五条第四項において規定するとおりであるから、右の各手続によつて中断した時効は、その手続の終了によつて進行を開始するものと解さなければならない。そして、右審査または仲裁の結果につき不服を有する者は、更に審査会に対し審査または仲裁の請求をなし得ること、同法第八六条に規定するとおりであるところ、右第八六条の手続は同法第八五条の手続と全くその性質を同じくするから、時効の中断に関する右第八五条第四項の規定は、第八六条の手続の場合にも適用されるものと解するのが相当である。従つて、災害補償請求権の消滅時効は、右第八六条の規定に基く審査または仲裁の請求によつて中断され、その手続終了、すなわち労働者災害補償審査会令(昭和二二年政令第一七六号)第六条の規定に基く請求者その他の関係者に対する審査または仲裁の結果についての文書による通知(甲第一五号証には、審査決定の結果の通知は労働者災害補償保険審査官及び労働者災害補償保険審査会規程―昭和三五年法律第二九号による改正以前のもの―第一四条の規定に基き審査請求人及び保険給付に関する決定をした行政官庁に通知すれば足りる旨の記載があるけれども、右規定は、労働者災害補償保険法に基く審査請求について適用され、労働基準法第八六条の規定に基く審査または仲裁の請求に関して準用されるべきものではない。)により、中断した時効は、更に進行を開始するものといわなければならない。

本件において、津山労働基準監督署長が昭和二五年八月一五日本件事故に基く災害補償として、被控訴人は控訴人に対し金一七二、八二二円(遺族補償金一六三、〇四〇円、葬祭料金九、七八二円)を支払うべき旨の審査決定をなした事実は、当事者間に争いがなく、被控訴人が右審査決定に対し労働基準法第八六条に基き岡山県審査会に対し審査の請求をなしたところ、同審査会は同二五年一二月二〇日付決定をもつて右請求を排斥した事実は、被控訴人の自陳するところであつて、控訴人が被控訴人の右審査請求につき前記審査会令第六条に規定するところの「その他の関係者」に該当することは、既に説示した事実関係並びに被控訴人の右審査請求により中断した消滅時効の進行時期の点に徴しても疑を容れないところ、被控訴人は前記審査会から昭和二六年二月三日付書留郵便で右審査決定書正本の送達を受けたが、控訴人は、右審査の結果につき文書による通知を受けなかつたため、右審査の結果については、その相当期間経過後に伝え聞いた程度で本訴を提起するまで確知するに至らなかつた事実は、成立に争いのない甲第一四号証の一、二、第一五号証及び当審における控訴本人の供述(第三回)並びに本件口頭弁論の全趣旨に徴して認めることができる。右認定に反する当審における被控訴本人の供述(第三回)は、措信しない。

しからば、控訴人の被控訴人に対する本件災害補償請求権の消滅時効は、控訴人において労働基準法第八五条に基く審査または事件の仲裁の請求をなさなかつたにかかわらず、津山労働基準監督署長のなした審査の開始によつて中断され、その手続の終了した昭和二五年八月一五日頃より進行を開始するに至つたが、被控訴人のなした岡山県審査会に対する審査の請求によつて再び中断し、該手続は控訴人に対する審査結果につき文書による通知手続の欠缺により、なお終了するに至らなかつたため、右中断された時効は、進行を開始するに至らなかつたものといわざるを得ない。従つて、被控訴人の消滅時効完成の抗弁は、控訴人の主張について判断するまでもなく、失当として排斥を免れない。

第三、以上の次第であるから、被控訴人に対し遺族補償金一六三、〇四〇円及び葬祭料金九、七八二円合計金一七二、八二二円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和二九年一二月一一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める控訴人の本訴請求は、正当として全部認容すべきものである。

第四、よつて、本件控訴は理由があるから、これと結論を異にする原判決を失当として取り消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴原八一 柚木淳 長久保武)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例